ご縁

  • 2008年04月20日(日)

 岩戸の塩工房では毎日たくさんの方々に助けられ塩造りをさせて頂いております。味噌屋さん、和菓子屋さん、漁師さん、農家の方など色々な人が岩戸の塩の火に集まります。
 味噌屋さんはこの塩で味噌を仕込み、和菓子屋さんは岩戸の塩羊羹を作ったり、漁師さんは旬の魚で岩戸の塩の干物を作ってくださいます。また、農家の方は薪を焚いた後に残る灰を畑の肥料にしてくれています。この間は以前、見学にみえた方が遠く栃木県からお手伝いに来てくれました。本当にありがたく思います。こんな風にして少しづつ人から人へ岩戸の塩は広がってきました。
 岩戸の塩と人のやさしさが繋いでくれたご縁をこれからも大切にしていきたく思います。

日本人の心

  • 2008年04月15日(火)

「日本人の心と身体の基礎をつくる食べ物は「米」、「水」、「塩」である。」
ある昔の方の言葉です。確かにその通りだと思います。日本人は昔から、神棚に米、水、塩をお供えします。また、風邪をひいたり病気になったりするとお粥を食べます。これも米と塩と水で出来る食べ物です。
昔の人々は自分たちの心や身体に必要な物を知っていて後世に文化や風習として残したのではないかと思います。
それが現代ではお米を食べない日本人が増え、水道水には塩素が混じり、数年前までは工業用に使われるような化学塩を食べていました。
昔なら「寝たら治る」と言われていたようなちょっとした風邪でもたくさんの薬を飲む。
昔の日本人からは想像も出来ない事だと思います。

「謙虚で親切、感謝する事を忘れず、子供と年寄りを大切にし、貴族だけでなく庶民までもが花や自然を愛する」
これは江戸時代に日本に来た外国人が当時の日本人を見てこう表現したそうです。
自分も含め現代の人の多くは、昔の人が伝えたかった日本の心を忘れてしまっている時があるように思います。
岩戸の塩は神社などでの神事などにも使っていただいております。
岩戸の塩を使っていただいているお客様、もしよろしければお食事に使うお塩を少し御自宅の神棚にもお供えしてみてくださいませ。

ありがとうございます

  • 2008年04月10日(木)

昨日4月9日に、関西の毎日放送、「ちちんぷいぷい」で岩戸の塩をご紹介頂きました所、たくさんの反響を頂き、本当に有難く思っております。

これからの時季、雨が多くなってきますと出来る塩の量も減ってきます。岩戸の塩では塩の出来を最優先に塩造りをさせて頂いておりますので多少、納期が遅れてしまう事があるかと思いますが、出来る限りお客様の期待にそえる事が出来ますようがんばりますのでこれからも岩戸の塩を宜しくお願いいたします。
 
ありがとうございます。

焼き塩

  • 2008年02月04日(月)
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岩戸の塩は焼き塩です。水分、にがり分を塩の中に完全に焼きこんでしまいます。
にがりの主成分は塩化マグネシウムという成分で苦味があるのが特徴です。
したがって、にがり分をそのまま残すととても苦く感じます。しかしそのにがり分を最後まで焼ききってしまうとその苦味は旨味に変わり、味がまるくなり甘みさえ出てきます。
これはマグネシウムが熱され酸素と触れる事によってアルカリの性質に変化します。
これにより、粒子はサラサラになり味もまるくなります。岩戸の塩が黄色がかっているのもこのマグネシウムや鉄分の化学変化によるものです。
途中まで白かった塩が仕上げの最後に黄色に変化します。それをさらに焼きあげる事によって淡いクリーム色に変化します。
化学的に考えるとこういう事になりますが、やはり大切なのは心を込めて作る事です。急いで仕上げようとすると仕上がりもやはり粗くなります。やさしく丁寧に仕上げるとやわらかくきめの細かいものになります。

自然のバランス

  • 2008年01月13日(日)

世界には様々な塩があります。最近では外国の塩も簡単に手に入るようになりました。
海外から輸入される塩の中には「岩塩」とよばれる物もあります。
岩塩とは地殻変動などにより海が陸地に閉じ込められ、海水が蒸発し塩分が体積した物のことを言います。成分としてはミネラル分が少なく、塩化ナトリウムの純度が非常に高いものがほとんどです。確かに岩塩をなめるとあまりしょっぱくない様に感じますが、これは粒子が大きいために舌の上で一気に溶けない事によってあまりしょっぱくないように感じる様です。
しかし、その岩塩を安く輸入し日本で溶かし別にミネラル分を添加して天然塩と謳い販売しているものもあります。
単に岩塩=ダメとは思いません。国や地域にはその国や地方の風土がありそれに伴う文化があると思います。
では、岩塩を生活の中で使っている海外の内陸部の人はどうなるのか?と思いますが、大切なのは「バランス」です。
岩塩を食文化の中の塩として使っている地方の生活には塩ににがり分が少ない分、土壌が多くミネラルを含んでいるため生活水の中からミネラル分を摂取できるようになっているようです。
逆に日本は、もともと火山が体積して出来た土壌であり、地下水にミネラル分が少ないため、海のミネラルが豊富な海塩を造る文化があるようです。

鉄の釜

  • 2008年01月12日(土)
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岩戸の塩工房では以前にご紹介させていただいたように登り窯を使っています。
そこで使っているのが鉄の釜です。ステンレスを使っている所、釜を使わず一気に蒸発させる所、製法によっていろいろありますが岩戸の塩工房では当初から変わらず鉄の釜を使っています。
昔の塩職人の方に塩造りを教わる時、必ず守る様に言われたことが、山の水が混じる場所の海水を使う事、薪の火を使う事、鉄の釜を使う事でした。
現代人には、ミネラル不足の人が多いと言われますが、鉄分もその内の一つだと言われます。今、身の回りで貧血の方や、青白い顔をした人が多くないでしょうか?
思えば昔は包丁、鍋、お湯を沸かす土瓶など生活の中に鉄製品がたくさんありました。今ではプラスチックやステンレスがほとんどです。
そういう意味で昔の製法に習い、岩戸の塩では鉄の釜を使っています。

岩戸の塩の「火」

  • 2008年01月12日(土)
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岩戸の塩はすべて薪で焼いています。これも各会社の考えによってさまざまです。
ガスを燃料にしている所もあれば油の所、電気の所、蒸気の所、などいろいろです。
一から火をおこし、薪をくべ、炎を見ているととても心がやすらぎます。火を焚くとなぜか人が集まります。確かに火に癒しを感じるというのは人間の本能だそうです。たくさんのストレスを抱えている人ほど火を見て癒されるといいます。その極限を超えてしまった人は放火に走るのだと聞いたことがあります。とてもこわいお話です。
しかし、火を囲んでみんなで楽しい話をして明るい気持ちで仕上げた塩は仕上がりも変わってきます。
木を運んで、切って、薪割りをする。塩を炊く事よりも、薪の確保や海水を汲んで運んだりと、そちらの方に時間がかかってしまいます。仕事の効率としては決していいとはいえませんが、苦労して集めた火や水を使うからこそ、いい塩を作ろうと想いがこもります。
人の体のために、未来のためにとおかみさんが造り始めた塩を造るのに煙突から有毒ガスが出ていては本末転倒です。
「手間をかける」という言葉がありますが、物造りをする上で手間をかけるというのはあたりまえの事であり、あたりまえの事を手間と考えていてはいいものは出来ません。塩造りでの手間を昔の人は「手塩にかける」という言葉で残したのではないでしょうか。

塩造りの海水

  • 2008年01月11日(金)
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岩戸の塩は伊勢の神前海岸(こうざきかいがん)の海水を使っています。この海水の特長は、山に降った雨が大地のミネラルを含み地下水となって海底から湧き出たものが海水と混ざり合っている場所があります。
この場所で太平洋の海流が流れ込む満ち潮の時間に汲み上げたもののみを使っています。従って真水が混じる分、通常海の塩分濃度は3%位の所ここでは1.8%ほどしかありません。という事は水分をとばしても歩留まりがわるく、通常の塩の約半分ほどしか塩は出来ません。
しかしその海水に混じる伏流水が大切です。
これは伊勢神宮にお供えする塩を作る「御塩殿」の製法からもみてとれます。御塩殿では塩を作る海水を、海と川の交わる所から汲んでいます。
古代の人はこの水の大切さを理解していて、後世に神事としてその製法を伝えたのではないかと思います。
養分が多く必要な稚魚のうちは川で、大きくなると海へ出て行く魚がいたり、海流の交わる所に魚が多く集まるというのも同じ事のように思います。
昔の人間がわざわざ水深何百メートルの海水から塩を作っていたとは思えません。
人間に本当に必要な物ならば必ず人間の生活範囲に備わっているというのが岩戸の塩の考えかたです。

岩戸の塩の登り窯

  • 2008年01月10日(木)
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岩戸の塩では現在三段の登り窯を使っています。
まず、一番下の段に薪を入れ本来なら煙突から出ていってしまう熱が二段目、三段目、と釜を熱しながら煙突から出て行く仕組みになっています。
海水が煮詰まるにつれ、上へ上へと移動させていき、一番上の段(一番温度の低い所)でサラサラになるまで煮詰めます。この窯は陶芸で使われる登り窯とおなじものです。
日本には色々な製塩法があり、それぞれに職人の考えがあります。

「体にいい、体に悪い」ということ

  • 2008年01月09日(水)
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前回に書かせていただきましたが、自然の物に対してあれは体にいい、これはダメという考え方について、たしかに自然界においては人体に毒性のあるものはあると思います。
そもそも「体にいいもの」とはどういうものなのでしょうか?
もともと人間は「ヒト」という動物であり地球上に存在する他の生物と同じだと思います。その自然の生き物が体にいいものを食べようと考え、物を食べているとは思えません。「体にいい食品」という言葉がよく使われる裏にはそれだけ「体に悪い食品」という存在が増えてきているという事だと思います。
「体に良くない食品」というのは「必ずしも食べる必要性のない食品」であり、「体にいい食品」というのは本来「当たり前のように生活の中で食べていた食品」であるように思います。